第1部会(国語教育)

教材研究集会

「大阪国語教育アセンブリー2013」 まとめについて

本研究会では、国語教育を実践する者同士が確かな目標と先進的な実践事例を学び合い、共有し合うことをめざして8月に「大阪国語教育アセンブリー」を開催いたしましたところ、110名を越える方々にご参加いただきました。誠にありがとうございました。
当日の実施内容のあらまし、ご参加いただいた方々の声などがまとまりました。「大阪国語教育アセンブリー」のブログで公開いたしますので、URLをご案内させていただきます。

URL
「大阪国語教育アセンブリー」 ブログ
https://www.osaka-c.ed.jp/blog/imamiya/asm/
内容
全体会 (当日資料・発表者まとめ・意見交換要旨)
分科会 (当日資料・発表・意見交換要旨)
「大阪国語教育アセンブリー2013」 を終えて
大阪府高等学校国語研究会理事長 湯峯 裕
「これからの時代に求められる国語力について」の文化審議会答申が出されたのは平成16年、「思考を巡らしたり感情を表現しりする場合には言葉を通じてなされており、国語は、これからの時代に求められるこれら様々な能力を身に付け、豊かな感性、幅広い知識や教養を備えるための基盤となるものです。」と文部科学大臣諮問理由の説明がなされて議論が始まってからは10年以上が経ちました。その後、「読解力」とはなにか、「クリティカル・リーディング」とはどうするのかといった議論もなされていますが、「我々国語の教師は、なんのために国語の授業をするんや。」といった真正面からの問いかけをできたのだろうかと、これまでのわが身と問答をする場となりました。
さまざまな教材を、どう教えると生徒の考える力を引き出せるのか、どんな工夫をしたら生徒の心に響くのだろうかといった問いかけは、この「なんのために」という問いかけと行ったり来たりしながらであってこそ道筋が見えてくるのではないのか。そして、その教師の「対話」と生徒の「対話」が響き合った時に、国語の授業が命をもつのではないのか。国語の教師であることの重みと味わいを実感する一日でした。多数のご参加ありがとうございました。
大阪府立今宮高等学校 小山 秀樹
若い先生方とともにワークショップのような会を開こうと今宮高校で昨年から始まったこの会は、その趣旨に大阪府高等学校国語研究会、大阪府教育委員会の賛同をいただき、今年は110名を越える方々が集うたいへん大きな会となりました。そのコンセプトは、「自主的」「参会者はことばの教育に関わるすべての人」「本質を問う」「若い先生方にやさしく」「おみやげを持って帰ってもらう(笑)」など、いくつかのことばであらわすことができます。大阪をはじめ、奈良、京都、兵庫からも参会いただきました。国語科教員のみならず、高校生、予備校生、大学生、出版関係者、一般の方々など、参加者はバラエティに富みます。みなさんの感想に目を通しますと、お集まりいただいた方々ひとりひとりが主体的な運営者となり、いきとどかない準備を補って会を充実したものにしていただいたと感じます。
全体会は、「何のための国語教育か」という主題を設定しました。「何のための」は、「どのように」の前にあり、「どのように」を構成するいちばんの基礎になることを明確にするという意図がありました。この主題に違和感を感じられた方々もいらっしゃったかもしれません。しかし、2013年現在に国語教育を考える際、「何のための」ということばづかいが課題意識をあらわす一番適切な表現であると考えます。当日は「国語力」をめぐって鮮烈な問題提起が予備校生から出されました。議論が深まるには残念ながらタイムアウトとなりましたが、教える者=教えられる者が、普段の立場を離れて対話する試みとなりました。
分科会は、5つ準備しました。(ライトノベル分科会は次年度に期待となりました。)全体会のテーマである「何のための」は、指導者、学習者の「教材の発見」によって実際の学習の現場で生命を得ます。参会いただいた方々ひとりひとりが「なんのために」と「教材発見」に向き合ってくださったことがそれぞれの感想から読み取れます。(アップされている参加者の感想を是非お読みください。)複数の分科会に出たかったというご意見も多数いただきました。5つの分科会は独立したものである上に関わり合うものであるという示唆もいただきました。
ことばの教育をめぐる課題は、その時代の反映とうい点で常にリアルタイムな課題です。その課題は焦点を定めることが困難で、課題解決の処方箋が広く喧伝されるころにはその課題はすでにかたちを変えています。ことばの教育が何らかのかたちで次世代のことばの生活に資することがあるとすれば、教える者=教えられる者がその時代の課題をことばでとらえ合い、課題を切り開く可能性をことばで求め合うことから生まれると考えます。ことばの教育の可能性は、とらえ合い、求め合いを続ける教える者=教えられる者の現場にあります。大切なことは、求め続けること、教える者=教えられる者が対話し続けることではないでしょうか。
国語の授業がことばによる対話をその内容に含んでいる以上、むずかしく、うまくいかないことが多いものです。それでも、ことばの課題と向き合いながら実践し続ける。その姿勢を確かめ合う。話し合い、発見のよろこびを分かち合う。そしてお互いにあたためあうことばを紡ぎ合い、そのことばを勇気とする。参加者のみなさんの真摯な発言と感想に支えられ、「大阪国語教育アセンブリー」は、来年を迎えたいと思います。
参加者アンケートより
  • これまでの研修会とは少しと違った観点と形式で、新鮮さがあり、面白く拝聴しました。非常に本質的な問題に向きあう機会で、これほど大きなものはめったにないと思いますので、今回のものを引き継ぐような機会があればと思いました。今日の議論がさらに深まることを期待したいです。
  • 「なんのため」「何を教えるか」は永遠のテーマです。今日はそのヒントを見つけるために参加しました。結論はずっと出ないのかもしれないけれども、考え続けるのが、教師の役目なのかも、と覚悟を決めました。昨日は別の場で、「あさのあつこ」さんの話を聞く機会があり、「本気のことば」「本気のものがたり」とうい言葉を得ました。本気で語られたことばを本気で読めるように「本気で伝える」ということをする必要があるのだなと思いました。そういう「本気」で伝える作業を皆さんがされようとしているという点で、元気が出た気がします。浪人生 or 学生も教師と同様に参加できるという試みはとても貴重だと思います。
  • 問題提起としては、非常に意義の深いものであったかと思います。こういったアセンブリーが続き、国語教育が発展してほしいと思います。
  • 「何のために学ばなくてはならないのか」という疑問は、なぜ多く国語という教科に限ってなされるのか。他の教科と異なる点は何なのか。国語教育のあり方、見直しがなされるべきなのかもしれないと思いました。
  • 「何のための」という根本的な問いを持ってそれを考えながら取り組むことの大切さを改めて感じました。
  • 「なんのために」という問いを常に考えることが本当に重要だと感じました。この間には決まった答えがあるというわけではなく、教師1人1人が常に問い続け、その時々での「答え」を持ち続けることが重要であると思います。
  • 転勤し、私も今まさに国語教育の目的を考えているところです。共感する“問い”にたくさん出会えました。
  • 国語の授業で何を教えたらよいのか、本当に日々悩んでいます。「ことば」の力が弱く、学習意欲の低い生徒たちに、少しでも興味を持ってもらい、考えたり、知りたいという意欲を生み出したいと思っています。改めて授業のあり方について、考えるきっかけになりました。
  • 改めて国語教育とは何かを考えさせられました。私も日々生徒から“何で学ぶのか”とよく質問されます。今日まで何となく流しているところもあっていま一度考えていかないといけない課題かなと感じました。
  • 「何のための国語教育か?」という問は、いつも感じていたことでした。その中でも少し工夫をしてみることの大切さを感じました。教育とは、これでオーケーという言葉、ないのではないでしょうか。日々努力したいです。
  • なんのための国語教育について考えるよい機会に出会えました。教師自身が価値をつかみ直しておく必要があるというお話しに共感し、忘れたくない志だと思いました。
  • 国語とはどういう力なのか、考えるとはどういうことなのかということを私自身もっと考えていきたいと感じました。
  • 目的をはっきりさせることを常に意識することが大切だと実感しました。
  • 何のために教えるのかという本質的な議論が大変参考になりました。
  • 現在の自分が感じる疑問を、他の先生方と共有できたことが大変勉強になりました。家に持ち帰りもう一度しっかり考えていきたいと思いました。
  • 問題提起をはじめ、多く先生方が自分と同じ悩みをお持ちであることがわかるとともに、改めて、国語とは何か、なぜ学ぶのかについて考えるきっかけとなりました。
  • 「なんのために」という言葉がとても印象的でした。ただ、授業をするのではなく、「なぜ」ということを意識しなくてはならないと思いました。
  • 教員に限らず、様々な立場の方が参加されているということに驚きました。それ程、国語教育(ことば)に興味をもたれている方が多いということなのでしょう。よい刺激になりました。古典を学ぶ意義、私も気になり考えていかなければならぬと思います。
  • 「国語の力」とは何か、なんのために古典を学ぶのか、そもそもなんのための国語教育か、どれも教師としての経験が長いとはいえ、私自身答が見つかってないのです。

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